奥の院の退潮と産業資本が主導したルネッサンス(反教会と恋愛至上主義)

「金貸しは、国家を相手に金を貸す」さんからの情報です。


 

海賊の時代から一貫して戦争を飯のタネにしてきた奥の院は、1000年前、法皇>国王を見て観念支配の力を思い知り、早速法皇の取り込みに動いて十字軍遠征を成功させた。戦争を最大の商売のネタとしてきた奥の院は、観念支配の力に気付いてただちに転換し、ただちに法皇の抱き込みに動き、十字軍遠征を成功させた。

しかし、十字軍が終了すると、ドイツのハプスブルグが強大化し、奥の院は次第に追い詰められてゆく。

<奥の院の退潮>
・1270十字軍終了→1300年ドイツのハプスブルグが強大化→1480ハプスブルグが東ローマ帝国皇帝に。この間、奥の院は、対ハプスブルグで手一杯。ハプスブルグが全欧州を支配すると防戦一方に追い詰められた。
・陸がダメなら海に戻る筈だが、地中海はイスラム(ペルシャ帝国)が支配しており、海上でも劣勢。
・その間、1400~産業資本のメディチ(フィレンツェ)、1500年ヘッセン(オランダ・ネーデルランド)が急成長するが、奥の院はそれ所ではなかった。

<奥の院とルネッサンス>
・同様に、1300~1600産業資本主導でルネッサンス(文芸復興運動)がヨーロッパを席巻するが、奥の院は眺めているだけ。
・ルネッサンスとは、再生・復活。キリスト教以前のギリシャ・ローマの古典文芸の復興運動。中心はロンバルディア地方のフィレンツェ→ベネチア→ミラノ→サボイア公国。
メディチ家は、産業資本発の新興の金貸しで1300年代を通じて、フィレンツェを独裁支配。ダンテ、ボッカチオ、ダヴィンチ、ミケランジェロ。
・産業資本(ヘッセン)主導で、オランダ・ネーデルランドが興隆し、ルネッサンスが全ヨーロッパに広がる。モンテーニュ、セルバンテス、シェークスピア。
・ドイツ・フランス・イギリスのルネッサンスは、宮廷と産業資本(市民)を中心にしている。欧州のルネッサンスを貫く精神は、反教会・懐疑精神・恋愛至上主義。産業資本のヘッセンは商売を通じて、恋愛が市場拡大の基盤となることを熟知していた。

ハプスブルグが全欧州を支配するにつれて、奥の院が追い詰められていったのは、なぜか?
一つは、戦争を起こすことができなくなり、商売上がったりで稼げなくなったからである。
加えて、産業を対象とする新たな金貸しがどんどん資力を蓄積していったので、奥の院は資力でも劣勢となった。

実際、ルネッサンスを主導したのは、奥の院ではなく、新興の産業資本(メディチ家とヘッセン家)である、

しかし、追い詰められた奥の院は、どうしたらハプスブルグ帝国を倒せるかをひたすら追求した。その答えは何か?
それが、思想革命・政治革命によってハプスブルグ家を解体するという全く新しい構想である。