スノーピアサー:新氷河期とその結末

ムハンマド・カーン
2014年10月8日
wsws

 監督:ポン・ジュノ;原作小説:ジャック・ロブ、ベンジャミン・ルグランド、ジャン=マルク・ロシェット、脚本:ポンとケリー・マスターソン

 この夏、公開された、フランスのコミック、Le Transperceneige(1982)の映画版、スノーピアサーは、未来の破局を生き残った、ごく少数の人類についてのSF映画だ。この映画は(『ほえる犬は噛まない』[2000]、『殺人の追憶』[2003]や『グエムル-漢江の怪物』[2006])などの韓国映画製作者ポン・ジュノによる監督、共同脚本だ。

 スノーピアサーでは、科学者たちが、CW-7と呼ばれる化学物質を大気に入れて、地球温暖化現象に対抗しようと試みて産み出された大惨事のため、人類がほとんど絶滅している。化学物質の目的は地球全体の温度を下げることだったが、思いがけない結果として、新氷河期がもたらされ、人類が、ほとんど絶滅したのだ。

 わずかに残った人類は、大洋を含め地球の広大な地域を際限なく走る列車の中で生き残っている。先頭車両の人々は贅沢な暮らしをしているが、列車後部の住民は惨めに暮らし、黒い棒状のひどい食べ物を与えられ、先頭車両の人々に利用され、虐待されている。

 カーティス・エバレット(クリス・エヴァンズ)は、そこの他の住民とともに、列車最後尾で彼の人生の半分を過ごした大人だ。カーティスと、彼の良き師で、最後尾住民の指導者ギリアム(ジョン・ハート)は他の最後尾住民に尊敬されており、彼らのリーダーを勤めている。カーティスとギリアムは列車を乗っ取るための反乱を準備する。

 列車後部に対する襲撃中に、列車のエンジニアの工作員によって、連れ去るために子供二人が選ばれる。一人の男が息子を連れて行くのに抗議した後、他の人々の前で酷く残虐に罰せられる。先頭車両住民の報道官メイソン(ティルダ・スウィントン)は最後尾住民をきつく叱る。彼女は彼らに、列車住民全員「割り当てられた持ち場」「あらかじめ定められた、それぞれの立場」に留まらなければならないと言う。

 彼らが警備員の銃には銃弾が入っていないのを悟った途端、カーティスと他の最後尾住民は「エンジンを乗っ取る」計画を実行に移した。途中で彼らは、列車の警備システムを設計したナムグン・ミンス(ソン・ガンホ)という名の列車前部住民の薬物中毒者の協力を求める。何らかのテレパシー能力を持っているらしい彼の娘も彼らに同行する。

 WSWSは2004年にポン・ジュノの『殺人の追憶』を批評した。スノーピアサーは興味深く挑発的な映画だ。コミックノベルに基づいているが映画の大半は監督自身の創造的発明だ。

 ほとんど全て列車で行なわれているにもかかわらず、映画は閉所恐怖症の感じがしない。それどころかジュノは効果的に世界を描いている。列車最後尾でさえ、共同体で、列車のこの区画に押し込められた人々の単なる集団ではないという感じを受ける。

 ジュノの監督は風変わりで、ジャンルを混ぜている。アクションや冒険や、大部分暗いものながら、かなりのユーモアの要素まである。この混合は時に、大成功で、それほど成功していない部分もある。

 スノーピアサーの、より強力な場面の一つで、悪魔のような服装をし、斧を持った、多数のファシスト的凶悪犯に対して、最後尾住民が生きるか死ぬかの戦いをする。最後尾住民は、疲れ果てて、みすぼらしい状態にもかかわらず勇敢に戦う。戦いは不利になり始めるが、勇気と機転で、彼らは流れを変えることができる。明らかに多少の暗いユーモアを意図した、双方が新年の休日祝えるよう戦闘の短い休憩場面を入れたことが、重大な、貴重な場面になったものを損ねている。

 映画には、ナムグン役のソンや、エンジニアで、冷酷で打算的な列車の支配階級指導者、ウィルフォード役のエド・ハリスを含め数々の素晴らしい演技がある。スウィントンはウィルフォードの臆病で尊大な従僕メイソンを素晴らしく演じている。先に触れた彼女の演説は、確実に、前部住民と現代世界エリートの大半の意見を代弁している。エヴァンスは非常に効果的で、時に感動的だ。彼の演技は、あらゆる損失にもかかわらず、列車前部に到達して、エンジンを支配する容赦ない決意で、前進せずにはいられないのだ。

 だが、スノーピアサーの強さには、多数の問題もある。

 虐げられた人々の蜂起のジュノによる描写は同情的だが、どちらかと言うと皮相的だ。映画が進むにつれ、それはいっそう明白になる。特に前述の戦いの後。革命の見せかけはそこで、ほとんど消える。数がひどく減って、傷ついた最後尾住民は、カーティス率いる最も有能な戦士の小集団になっている。

 このグループに焦点を合わせる貴重な瞬間が、まだ場面にある。彼らが列車前部に向かって進むにつれ、カーティスと他の人々は、先頭車両住民の益々退廃的な豊かさの誇示に直面する。先頭車両の人々はきれいで、健康で、身なりが良く、最後尾住民が長年経験していないぜいたくを思いのままにできる。

 ごくわずかの車両距離で、巨大な貧困と、下劣な放蕩との極端な分裂がある。現代生活の膨大な社会的不平等が、監督に、強い印象を与えているのは確実だ。

 不幸にも、映画は勢いよく始まり、上映時間の多くは比較的興味深い形で続くが、終盤は、本質的にほころび始める。一連の意外な事実と、生き残っている主人公たちの行動を通して、スノーピアサーは急速に悲観論と懐疑論へと落ち込む。

 結局、さほど多くを開示せずに、列車のエリートは、主に自身の目的のために、出来事を操っているのだ。「革命」そのものは、映画の前の方でメイソンが言った単に「秩序」と「バランス」を維持する計画の一部に過ぎないのだろうか?

 どう考えても、ポン・ジュノは、『殺人の追憶』に関して述べたように、映画で「現実を示すこと」を願っている真剣な芸術家に思える。スノーピアサーには、多くの強力な場面がある。革命-虐げられた人々による革命というアイデアで対処するという決定は、興味をそそる。だが、ポンが到達する結論は、生活の現実についてより、彼自身の方向感覚喪失について、遥かに多くを物語っている。

 io9のインタビューで、映画監督は彼の視点を詳しく語った。「あなたを抑圧している社会の支配権を握ろうと望むのが、より革命的なでしょうか?」と彼は問う。「それとも、その体制から完全に逃れようとすることでしょうか? カーティスが救助する韓国人ナムは、階級闘争というカーティスの考えに関心はなく、カーティスの考えを「越えて」いることが分かるのです。」

 このような展望を、一体どう考えたら良いのだろう? 絶え間ない社会的緊張と世界的階級闘争という時代に、本質的に、人間の生活や、あらゆる問題から後ずさりするのを擁護する視点の価値とは一体何だろう?

 スノーピアサーは色々な意味で素晴らしい映画だが、大きな欠陥もある。監督が戦っている、いくつかの問題に、より組織的に取り組めば、全体として、より一貫した、より良い映画が作れたはずだ。彼が未来の仕事で、これを取りあげることを期待しよう。

 著者は下記も推奨する。(英語原文)

For greater complexity, more uncovering
[2004年5月27日]

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2014/10/08/snow-o08.html

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 「ああ、上級国民の話しだ」と見ながら思った。

 たまたま週刊金曜日記事で、知って見た映画について、wsws批評が、あったので訳して見た。同意したから訳したわけではない。例により、wsws、左派には辛口。日本でも、色々批評がある。

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 国も都もボルソナーロ。

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