人類の起源は東南アジア。言語もスンダランドから拡散した?

日本を守るのに右も左もない さんからの情報です。


 

人類はアフリカのチンパンジーから進化したと、しばらく定説として扱われてきたが、実は遺伝子の比較では東南アジアに生息するオランウータンも同じくらい人類に近いことが分かっている。むしろ、ほぼ完全に直立する、正常位で性交するなど、より人類に近いと思われる点が多く、人類の起源は東南アジアである可能性が高くなっている。するとたちまち、では、原人もアジア起源?、現生人類は?という疑問につながる。

人類を人類たらしめている言語についても、アフリカが起源ではなく東南アジアかもしれない。以下、言語の拡散はアジア、スンダランドからという仮説を紹介します。

私、引用者自身は、モンゴロイドの言語(主にY遺伝子C、Ⅾ系統)とコーカソイドの言語(主にE系統以下の言語)は、同じころ(5万年前頃か?)に別々に登場し、それぞれがに進化してきた可能性もあると考えていますが、ここでは、スミルノフ学派佐野千遥教授の仮説をそのまま紹介します。http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=311920

引用者の見解:現在、太平洋の真ん中に巨大なムー大陸が存在したという科学的証拠はないというのが定説となっている。従って、中国・ベトナムの南西に実在したスンダランド(スマトラを中心に、マレーシアからフイリッピン・沖縄南方まで含む大陸)からの拡散と読み替えるべきではないか。

佐野千遥ブログからの引用リンク

では、世界の諸言語の起源を樹形図として以下に纏めよう。

7万5千年前に太平洋プレートとインド・プレートとの境目に有るインドネシアの「トバの超巨大噴火」が起こり、大地震と共に太平洋プレートの上に有ったムー大陸は海面下へ沈んだ。

ムー大陸が沈んだ時、南西方向に逃げたのが、御釈迦さんも血を受けているムー大陸黒人系ドラビダ語族(今日のタミル語、シンハラ語)・スーダンギニア語族(ハウサ語)・バンツー語族(スワヒリ語)、西に逃げたのが黄色人種系のアルタイ語族(今日のトルコ語、モンゴル語、満州語、韓国朝鮮語[=新羅語]、日本語[=百済語]、シュメール語)、北へ逃げたのがアイヌ人、バスク人、フィンランド人、ハンガリー人、エストニア人、チェチェン人等のウラル語族である。

南西方面に逃げたのがドラビダ語族(今日のタミール語、シンハラ語。釈迦にはこのドラビダ語族のインド原住民の血が混ざっている)のその後の発展進化に付いては更に先の段落で展開する。(引用者注記:佐野氏は、セム・ハム系および印欧語もここから進化したと考えている。おそらく、ドラビダ語が、東洋の言語(≒膠着語)と西洋の言語(≒屈折語)の中間的な文法構造を持っていることに注目されておられるものと思う。)

オーストラリア大陸の原住民アボリジニーが進化してムー大陸に移り住んだのがメラネシア語族であり、元のムー大陸の南方に一部或る大きさで残っていたムー大陸の部分も沈んだ時にムー大陸からこのメラネシア語族が西に逃げて、後に漢民族となった元アフリカからのコイサン語族が進化した人種が西から遣って来て混血してできたのがマレー・ポリネシア語族である。マレー・ポリネシアのタイ語やカンボジア語が中国語系と見誤れる理由は、マレー・ポリネシア系がメラネシア系だけでなく、漢民族と同じコイサン語族系の血も受けているからである。(引用者注記:コイサン語(最も古い現生人類とされてきた)と中国語には共通点がある。非常に文法が簡素であること、そして、声調言語であること。)

アイヌ人、バスク人、フィンランド人、ハンガリー人、エストニア人、チェチェン人、アイヌ人等のウラル語族は今日の北極が北極でなかった時期に沈没したムー大陸から、アイヌのみアジアに残し今の北極を突っ切ってヨーロッパ入りしたムー大陸白人系クロマニヨン諸民族である。更に詳細を語ると、ウラル語族中ハンガリー人の祖先の匈奴=フン族だけは現ヨーロッパの真北まで行ってから南下する事をせず、同じく現北極経由ではあったがヴォルガ河水源地の北東地域へ南下してここを根拠地とし、北アジア地域、東欧地域に広がり、アッティラ王の時代にヨーロッパ諸国を攻めて現ハンガリーの地域に民族国家を樹立した。(引用者注:ウラル語族はアジア方面から欧州へ来ただろうというのは一般的に言われている。)

今日、ユダヤ人と言われるハザール=アシュケナジーとは人種的に、このムー大陸出身の白人・ハンガリア人[註]である。ウラル語族:アイヌ人、バスク人、フィンランド人、ハンガリア人、エストニア人、チェチェン人、グルジア人はムー大陸系の白人である。

[註]:ハザール=ハンガリア人はヨーロッパ出身の白人とは異なるが、長頭で鼻が根元から高い頭がい骨の形から白人に分類される。匈奴のアッティラ王の肖像を見ていただきたい。

以上、引用