現代に至る従米、金貸し支配の路線。その原点は中曽根政権

日本を守るのに右も左もない さんからの情報です。


 

去る11月29日、中曽根元総理が逝去。101歳の大往生でした。

中曽根政権は1982年から1987年。長期政権かつ豊かさ実現以降の日本の枠組みを決定づけた政権です。
国鉄民営化、プラザ合意、消費税導入など、今なおその影響を日本の政治・経済に与え続けています。

もっとも終戦直後には、その後の国家の在り方そのものに影響を及ぼした巨大な政治家たちが数多くいました。吉田茂、岸信介、田中角栄、等々、
かれらはその経歴も含め一癖も二癖もある政治家達でしたが、その強力な主導力で日本の復興と経済成長、安全保障といった戦後日本の方向性を良くも悪くも決定づけました。

もっともこの時代は復興と経済成長の途上であり、国際情勢も冷戦真っただ中の非常に不安定な状況。この中で国内も国益派と従米派の駆け引きの中で政治的緊張を保っていた。

 しかし中曽根政権の時代は、豊かさ実現と日本経済の爛熟、そしてアメリカ中心の世界秩序が確立された時期。
この政権が確立した、国益無視、従米、金貸し支配の路線は、その後小泉政権、安倍政権に継承され現代も続いています。
逆に言えば、現代に繋がる諸問題、不整合の原点が、この中曽根政権にあると言えそうです。

以下、中曽根政権に関する記事を「るいネット」から紹介します。
中曽根時代は決して「過去」のものではなく、現代まで脈々と受け継がれている事。
その継承の過程で、小泉政権や安倍政権が重要な役割を果たしており、かつその政権構造が非常に似ていることが分かります。

 【小泉首相と中曽根元首相に見る奇妙な共通点】(リンク)

>中曽根といえば当事アメリカのレーガン大統領との仲を‘ロンとヤス’と呼び合えるほどの親密さが売りで、当人は対等に渡り合える政治家である事をアピールしたかったのでしょうが、その実は非常に疑問です。
アメリカ国債を最初に買ったのは中曽根です、’85年プラザ合意による円高・ドル安基調によりこの国債が10兆円近くの目減りをしてしまった。こんなのは序の口でプラザ合意が彼のバブル経済の発端になったことは余りにも有名な話です。
さらに当時市場開放の圧力下で金融政策の自由化の名のもとに株式市場における‘裁定取引’なるものを認めてしまった、これがバブル経済崩壊の直接的原因であったと言われています。ユダヤ系ヘッジファンドによる仕込みが’89年の年末に終わり、’90年の年始より日本の株式は大暴落、この結果150~200兆円もの資金が日本市場から泡となって消えたのです。
バブルはアメリカの意図のもとにつくられたと言っても過言ではない、そのお先棒を担いだのが中曽根です。

 【中曽根首相から小泉首相までの従米政治】(リンク)

>「従米」の度合いは、米国の政権交代とともに深まっている。レーガン政権に対応したのが中曽根、竹下両内閣であった。
中曽根政権のもとで、「円」が「ドル」に飲み込まれる経済的従米システムの第一歩となるプラザ合意が結ばれた。中心的役割を果たしたのが米国側はベーカー財務長官、日本側は竹下蔵相(このあと首相)だった。これが中曽根内閣以後の従米化の第一段階だった。
従米政治は、中曽根首相から始まり、「従米」の度合いは、米国の政権交代とともに深まっていく。それでも従来の政権は、従米政策を躊躇しながら実行したが、小泉政権は自ら積極的に従米化を進めたとある。小泉政権の異常さを示していると思った。

 【角栄政治と中曽根政治、福田政治との差異考その1】(リンク)

>なぜ角栄が失脚し、中曽根がその後の政局を握ったのか。これには秘密の要因がある。
その扉をあけると、角栄が現代世界を牛耳る国際金融資本ユダヤに終始距離を置き、中曽根が身も心もサインアップしていたことが分かる。為に角栄が罠を仕掛けられ、中曽根は如何なる窮地でも救われた。国際金融資本ユダヤは角栄を恐れるあまり失脚せしめた。
中曽根は手駒に使うのに按配が良かったので利用され、褒美として大勲位の称号が与えられた。それだけのことである