国際情勢の大変動を見抜く!-19~中央銀行が政府から独立している本当の理由~

「金貸しは、国家を相手に金を貸す」さんからの情報です。


 

ジョセフ・スティグリッツ

今回は4人目のグローバル化を推し進める金貸しの手先:ジョセフ・スティグリッツについて。

彼はノーベル経済学賞を受賞したことで、日本でも有名ですね。

当ブログ読者の皆様であれば、自然科学系以外のノーベル賞受賞ということだけで、金貸しの意向を汲んでいるということはお分かりでしょう。

 

珍しくFRB批判をしているので騙される人も多いはず。但しFRBは民間企業であることは口が裂けても言えない。故に超格差社会の一因はFRBにあると言いながら、堂々巡りの議論に終始し、「市場の修正」などとお茶を濁しているとのこと。

なぜ彼がFRB批判をしたのか?それはFRBを解体し、世界中央銀行への布石だと思われる。

 

最後に筆者は、「グローバリズムとは、国際銀行家たちが支配する世界市場を創造しようとする地球規模の運動である」と断じている。

 

これで4人のグローバリズム推進派を歴史の流れに沿って見てきましたが、金貸しの意向は大きくは世界政府樹立の方向に動いてきているということが言えると思います。

これに対抗するのがロシアを筆頭とした民族派ですが、今後はこの民族派の動きも見ていきます。

『世界を操る支配者の正体』(馬渕睦夫 著)からの紹介です。

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■スティグリッツは庶民の味方ではない

最後に、同じく洗脳に注意すべき例として、グローバリズムの論客の一人で日本人にもよく知られているジョセフ・スティグリッツを取り上げます。元世界銀行のチーフエコノミスト兼上級副総裁であり、2001年にノーベル経済学賞を受賞した大物経済学者です。クリントン大統領時代には大統領経済諮問委員会委員長を務めました。

 

スティグリッツは著書『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』の中で、世界銀行やIMFの発展途上国に対する融資政策を批判して脚光を浴びました。しかし彼は、世銀やIMFのグローバル化のための構造調整融資そのものを否定したわけではありません。善意で行ったがやり方が賢明でなかった、グローバル化は望ましいことなので問題はどのようにグローバル化を進めるかにあると主張したのです。要するにスティグリッツはグローバル化推進論者なのです。

 

彼のこの主張は、2012年に出版された「世界の99%を貧困にする経済」で一層明確になっています。グローバル化が超格差社会をもたらし労働者の生活水準を低下させていているので、反グローバル化運動が拡大している。したがって、グローバル化をもっと均衡のとれた状態に戻さなければならないと論じているのです。リーマンショックの後で書かれた本でも、相変わらずグローバル化を推進する必要があるという主張を維持しているのです。

 

私はジャック・アタリやアイン・ランドに比べれば、スティグリッツに誠実さを感じます。庶民の窮状に対してある程度の同情を示してもいます。しかし、彼の改善策は結局のところ実現不可能な項目を解説している段階に留まっているのが残念です。現在のアメリカの格差社会を改善するには、市場中心主義そのものを変革しなければならず、市場中心主義の元凶は中央銀行たるFRBの私益中心の行動であるにもかかわらず、以下に述べるように、スティグリッツは市場中心主義が生き延びるように、市場の修正を唱えているにすぎません。

 

スティグリッツは、「上位1%による上位1%のためのマクロ経済と中央銀行」の章を設けて、アメリカの中央銀行FRBについて論じています。しかし、残念ながら隔靴掻痒です。通貨政策とマクロ経済政策とFRBの行動が不平等の拡大に寄与している点があるというのは正直な指摘だと思いますが、FRBがなぜ富の配分に関心がないのかの理由を明らかにしていないのです。その答えは簡単ですが、本質的です。FRBは民間銀行だからです。スティグリッツはこの事実だけはどうしても書けないのです。この事実に触れずにFRBの政策を批判しているため、どうしても堂々巡りのような議論になってしまうのです。

 

スティグリッツの論点を一つ一つコメントする紙幅の余裕がありませんので、中央銀行の独立性に触れた部分のみ取り上げます。これだけでも、スティグリッツが、FRBが民間銀行である点に触れるのを巧妙に回避していることがよくわかるからです。「もし、中央銀行が政治権力の言いなりであったら、政治家たちはコストを遠い未来に押し付けて、目先の利益を得るために金融政策を操作するだろう」との指摘を取り上げてみましょう。

 

この文章を読むと、つい私たちは頷いてしまうのではないでしょうか。ここに、巧妙な洗脳があります。なぜ中央銀行、つまり通貨発給権を持つ銀行が政府の影響下にあってはならないのでしょうか。

 

彼は政治家が選挙用に悪用するからだと述べていますが、だとすれば、通貨以外の政策分野は政府(政治家)が選挙用に悪用しても問題ないというのでしょうか。現に、選挙前であろうがなかろうが、通貨政策を除き政府(政治家)が政策を執行しています。スティグリッツのこの論理を厳密に貫けば、政府(政治家)はいかなる政策も選挙目当てになるから実践してはならないことになり、政府は不要という結論になってしまいます。通貨問題のみ政府から独立していなければならないというスティグリッツの議論は、完全に破綻してしまいます。

 

■中央銀行が政府から独立している本当の理由

政府から独立した中央銀行は、どうして民間銀行でなければならないのでしょうか。民間銀行なら当然自分たち銀行家の利益に有利な通貨政策をとるはずです。FRBの歴史を見れば、実際彼ら自身の利益にかなう通貨供給や金利政策をとってきているのです。この点に触れずに、中央銀行の独立性を議論するなどまったくナンセンスです。私たちは洗脳されないように注意を怠ってはならないでしょう。

 

スティグリッツは別の項で、「いかなる民主主義国家でも、公的機関は―――どういう体裁をとろうと、中央銀行は公的機関だ―――ある程度の説明責任を負わねばならない」と強調していますが、FRBの体裁の実態については明らかにしていません。彼が言うように中央銀行は公的機関でなければならないのです。民間資本家が株主のFRBが公的機関であるはずがありません。中央銀行は民間銀行であってはならず、公的機関でなければならないのです。

 

かと言って中央銀行は財務省の一部の部局である必要はありません。財務省から独立しているが、政府の機関でなければなりません。要するに、政府や議会の適切なコントロールが及ぼせる公的機関でなければならないのです。

 

さらに、彼は「民主主義的な政治プロセスから独立した中央銀行を持つことが望ましいとしても、理事会は少なくとも金融部門のメンバーに占められるのではなく、各界の代表で構成されるべきだろう」と述べていますが、ここでもさりげなく政府から独立した中央銀行、すなわち民間の中央銀行が望ましいことを確認しています。中央銀行は民主政治と相容れないと堂々と主張しています。つまり、中央銀行は独裁的でなければならないと断じているのです。スティグリッツのこの主張を聞くと、グローバリズムがなぜ超格差社会をもたらすのか、その理由が明らかになってきました。

 

マネーの支配者は国民の監視から超越していなければならない、したがってマネーの支配層は一握りの寡頭勢力でなければならないことが論理の必然になるのです。この論理は金融寡頭勢力のみに通用する一方的な主張であることは明白です。要するに、スティグリッツたちは以下のことを十分承知しているはずです。つまり、グローバル化した市場はマネーの価値のみで動くから、マネーを支配するものが市場を支配する、したがって国家を支配し、世界を支配するという構図が成立していることを。そこで、マネーを支配するものは誰なのか、これさえ明らかにすれば、世界を支配するものが分かるのです。

 

マネーを支配するものとはマネーの発給権を握っている中央銀行であり、中央銀行の株主です。FRBの株主はいまだに公開されていませんが、さまざまな研究の結果ロスチャイルドやゴールドマンサックス、JPモルガンなど国際銀行家であることが明らかになっています。そうしますと、グローバリズムとは、国際銀行家たちが支配する世界市場を創造しようとする地球規模の運動であるということができるのです。