ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝29 ― フリーメーソン上層部の抗争

「シャンティ・フーラ」さんからの情報です


 

 歴史事実はその見る角度、視点によって異なった様相を見せます。
 アメリカ独立を理解する視点として、前回見たイギリス東インド会社からの視点は重要です。アメリカ建国当初の国旗を見れば、イギリス東インド会社そっくりであったことから分かるように、アメリカ独立とはイギリス東インド会社からの独立であり、革命戦争だった強い側面があるのです。
 そして、イギリス東インド会社からの視点と同様に欠かせない重要な視点がフリーメーソンを通した視点です。アメリカの革命(独立戦争)に尽力したのがフランスでした。そして、その後そう時を置かず引き起こされたのがフランス革命です。
 実のところアメリカの革命とフランス革命は緊密な関係、ある意味では連結しています。いずれもフリーメーソンの動きによって起こされているのです。従って、アメリカの革命並びにフランス革命を理解するには、フリーメーソンの動きを把握しておく必要がどうしても出てきます。
 今回は改めてとなりますが、近代フリーメーソン結成の実態を中心に見ていきます。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝29 ― フリーメーソン上層部の抗争

ロッジを占有していたジャコバイト派 ~近代フリーメーソン結成の狙い

1717年に結成された近代フリーメーソンは、テンプル騎士団の流れと古代メーソン「秘密の力」が合流していると幾度も指摘しました。

この合流は、ハイアラーキーに所属する悪魔崇拝でないいわばポジティブなテンプル騎士団悪魔崇拝で裏のイルミナティ所属のネガティブなテンプル騎士団、そしてブラック・ロッジに所属する「秘密の力」という異なる組織が合流しているので、その合流は決して友好的なものではなかったのです。むしろ、そのフリーメーソン上層部では抗争だったと見る方が正確なのでしょう。

このフリーメーソン合流の一つのキーとなるのが「ジャコバイト派」というワードです。『テンプル騎士団とフリーメーソン』p320で以下の記述があります。

「私たちが主張したい論点とは、彼ら(注:ジャコバイト派のこと)が少なくとも当初はフリーメーソン団の最大の守護者であり宣伝者であったことである。1717年のグランド・ロッジ―その後これはイングランド内のフリーメーソン団の最大の貯蔵庫になった―は、従来のジャコバイト派の実質的なロッジ独占を打破するため、ホイッグ党とハノーヴァー派が創設したにも等しいものであった。」

ここではフリーメーソンを育て、勢力を拡大したジャコバイト派、そのジャコバイト派のフリーメーソンロッジの独占を打破するために、ホイッグ党とハノーヴァー派が近代フリーメーソンを創設したとしています。

pixabay [CC0]

ジャコバイト派、そしてホイッグ党とハノーヴァー派とは何か?ですが、まずは当時の状況です。

アムステルダムの銀行家、つまり黒い貴族から、マールバラ公爵ジョン・チャーチルを始め、シュールズベリー卿シドニー・ゴドルフィンサンダーランド伯爵など、ジェームズ2世の重臣側近たちが賄賂で買収され、1689年に名誉革命が成立しました。

これで否応なくジェームズ2世はフランスに亡命です。しかし当然ながらジェームズ2世は王位復権を狙ってもいたのです。このジェームズ2世を支持するグループがジャコバイト派です。

英王室を乗っ取ったウィリアム3世

フランスに亡命したジェームズ2世
Wikimedia Commons [Public Domain]

敵国の王子であったオレンジ公ウィリアム3世の英国王就任に納得していない人々は多く英国内にいたのです。特に王権がハノーヴァー朝に移行すると、ドイツ人の王朝に嫌悪する人々がスチュワート家の復権を主張するようになります。この代表がトーリー党です。

敵対するトーリー党とホイッグ党は王政復古の際にできたもので、チャールズ2世の後任としてジェームズ2世の即位を認めていたのがトーリー党です。

一方、これに対抗してジェームズ2世の即位に反対したのがホイッグ党です。ホイッグ党は現実路線の経済優先の一派だったようで、ハノーヴァー朝を支持するハノーヴァー派と協調する姿勢をとっていたのです。

かたやスチュワート家の復権を主張するトーリー党は、概ねはジャコバイト派の一派と見てとれます。

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