1940年 アヘン戦争

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阿片戦争 : 中国軍艦を駆逐するイギリス戦艦ネメシス号

イギリス東インド会社は、1600年にエリザベス1世が独占許可状を与えた、イギリス政府の支援を仰ぐ特権会社ですが、1814年に東インド会社のインド貿易独占権が廃止されると、ロスチャイルド家が利権支配するようになりました。

当時のイギリスでは喫茶の風習が上流階級の間で広がり、茶、陶磁器、絹を大量に清から輸入していましたが、イギリスから清へ輸出されるものは時計や望遠鏡のような富裕層向けの物品はあったものの、大量に輸出可能な製品が存在せず、イギリスの大幅な輸入超過でありました。

イギリスは、アメリカ独立戦争の戦費調達や、産業革命による資本蓄積のため、銀の国外流出を抑制する政策をとった為、イギリスは植民地のインドで栽培したアヘンを清に密輸出する事で超過分を相殺しようとし、中国の人々を阿片漬にし、1840年に阿片戦争は起こりました。

阿片戦争
http://www.youtube.com/watch?v=DTfxbyGf6Cs&feature=PlayList&p=D4AD896D81C6719C&playnext_from=PL&playnext=1&index=62


上海で、阿片利権を持っていたのが、サッスーン財閥と、ジャーディンマセソン商会で、いずれもロスチャイルド家と縁戚関係で結ばれており、またフリーメーソンでもあります。

サッスーンという名をどこかで聞いた事があるという方もおられると思いますが、安室奈美恵をCMに起用しているヴィダルサッスーンは、同じ一族です。

サッスーン財閥
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/621.html
ジャーディン・マセソン商会
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/622.html
安室奈美恵
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/692.html

ちなみに、フリーメーソンが中国に進出した最初は、アヘン戦争後に勝利したイギリスが1842年に香港を植民地とした2年後の1844年に、イングランド系フリーメーソンである「ロイヤル・サセックス結社」第501号が香港に開設されたのが始まりです。

これが中国で最初にできた、フリーメ-ソンのロッジで、続いて1846年に同じイングランド系の「ゼッドランド結社」が開設されますが、「ロイヤル・サセックス結社」は間もなく広州に移り、1863年には上海に進出しています。

当時、先に上海には「ノーザン・ロッジ・オブ・チャイナ結社」も進出しておりましたが、「ロイヤル・サセックス結社」が中国大陸進出の最大拠点と成りました。

その後、天京(南京)を占領していた洪秀全を首領とする「太平天国」軍が、上海を攻撃しようとした動きがありましたが、これに対抗し 「太平天国の乱」は常勝将軍のフリーメーソンであるゴルドンによって鎮圧され、これを機に、上海にはフリーメーソン組織が激増しています。

1864年に太平天国が滅亡し、フリーメーソンのロッジが上海に林立した年に、ロンドンで植民地協会が設立され、

その4年後に、英国王室の後ろ盾によって、この協会は王立直轄植民地協会と名が改められましたが、この協会によって創立された銀行が、HSBC(香港上海銀行)で、出資者は、D・E・サッスーン商会、ベアリング商会、ジャーディン・マセソン商会、そしてロスチャイルドに関係する役員で構成されていました。

現在、イギリスで最大の銀行は、HSBC(香港上海銀行)でありますが、これは名前の通り、中国とのアヘン貿易で莫大な富を得たフリーメーソンやロスチャイルドのお金を取り扱う金融機関が必要となり設立されたものであり、その株主の大半は麻薬商人であったと言えます。

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