1876年 朝鮮開国

明治時代のはじめ、日本と同じように鎖国をしていた朝鮮を、欧米諸国は開国させよう
としていましたが、どの国もまだ成功していませんでした。 日本は、欧米に諸国に先
立って、朝鮮を開国させ、植民地化しようとして、1876年(明治9年)2月に6隻の艦隊を伴い、黒田清隆・井上馨を全権として送り、朝鮮政府に開国を迫りました。

幕末に、アメリカのペリーが日本に対して行ったのとまるで同じです。

この頃、欧米諸国は日本を利用して朝鮮を開国させようとしていたので、アメリカの大使は日本政府が朝鮮を開国させることができるよう、 「ペリーの日本遠征記」 という本を日本政府に渡しました。

これは、フリーメーソンのペリーが日本に対して開国を迫った時の事が書いてある本です。  そして、日本は交渉に成功し、日鮮修好条規(江華島条約)を結び、朝鮮を開国させました。

こうして日本は朝鮮に勢いをのばす足場をつくりましたが、朝鮮の宗主国の清はこれを黙認している事はできず、朝鮮をはさんで日本と清の間に激しい争いが続き、日清戦争へと突入してゆくことになります。

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