2000年6月 ノーマン・フィンケルシュタインのシオニズム批判

ノーマン・フィンケルシュタインのシオニズム批判

2000年6月に出版された『ホロコースト産業』という本は国際的な反響を呼び起こし、ブラジル・ベルギー・オランダ・オーストラリア・ドイツ・スイスなど、多くの国でベストセラーリストに入った。 フランスの『ル・モンド』紙は2ページを費やして、それを批評した。 この本はドイツでは発売後2週間で13万部も売れた。 しかし、この本はアメリカでは主要メディアから完全に黙殺され続け、売り上げ部数はわずか1万2000部にとどまった。 この本の著者であるノーマン・フィンケルシュタインはニューヨーク市立大学で教鞭をとる反シオニズムのユダヤ人社会学者である。 フィンケルシュタインの両親はヨーロッパからの移民で、ワルシャワ・ゲットーと強制収容所の生き残りであり、彼によれば、両親以外の親族は、父方も母方も全てナチスによって殺されたという。 この『ホロコースト産業』という本で、著者フィンケルシュタインは、アメリカのユダヤ人・シオニストが私利私欲のため 「ホロコースト」 をイデオロギー的・金銭的に利用していると痛烈に告発している。 ここに言う 「ホロコースト」 とは第二次世界大戦中にナチス・ドイツがユダヤ人に対して組織的に行なったとされる大量虐殺 「ザ・ホロコースト」 のことである。 フィンケルシュタインによれば、「ホロコースト産業」 に従事するシオニストたちは 「ホロコースト」 を脅迫の道具に使い、被害者の数を水増しするなどして多額の補償金を得ている上、それが一般のユダヤ人被害者の手に十分に渡らず、団体幹部たちの高額な給与やイスラエルの入植政策などに使われているという。 フィンケルシュタインは次のように言う。 「親たちの苦しみ(ホロコースト体験)が後ろ暗い目的のために利用されるのを許すわけにはいかない。 ホロコースト産業の今のキャンペーンは『困窮するホロコースト犠牲者』の名の下にヨーロッパ諸国から金をむしり取ることを目的にしており、彼らの道徳レベルはモンテカルロのカジノの水準にまで低下してしまっている」。 フィンケルシュタインは 「ホロコースト産業」 に従事するシオニストたちを騙し屋・宣伝屋・たかり屋・ゆすり屋と呼び、「ホロコーストのあくどい便乗者どもは公的に告発・断罪されるべきだ」 とまで言っている。 この本には様々なシオニスト組織の名前が登場している。 例えば、「世界ユダヤ人会議(WJC)」、「ユダヤ名誉毀損防止連盟(ADL)」、「サイモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)」、「世界ユダヤ人損害賠償組織(WJRO)」 など。 また、この本ではノーベル平和賞受賞者のユダヤ人作家エリ・ヴィーゼルや、ハーバード大学の「ホロコースト」講師であるユダヤ人ダニエル・ゴールドハーゲンも俎上に載せられている。
この本の各章の見出しを次に挙げる。 この見出しを見るだけで、この本に書かれている事柄が大雑把に分かるだろう。

◆ イデオロギー兵器としてのザ・ホロコースト
◆ 戦後のある時期までホロコーストは注意を払われなかった
◆ 第三次中東戦争(1967年)が全てを変えた
◆ アメリカで“突然流行”し組織化されていったホロコーストの話題
◆ イスラエルが資産になった途端にシオニストに生まれ変わったユダヤ人
◆ ユダヤ人の選民意識を強化したザ・ホロコースト
◆ アラブにナチズムの汚名を着せようとするシオニスト
◆ でっち上げられたホロコースト否定論というお化け
◆ 年々水増しされる「生存するホロコースト生還者」の数
◆ スイスの次はドイツに対するゆすりが始まった
◆ 和解金のうちわずかしかホロコースト生還者・相続者には支払われない
◆ 生還者たちが死んでいくなかで更に多くの金がホロコースト産業の金庫に流れ込む
◆ 民主党の大統領選挙資金の約半分は「ユダヤ・マネー」
◆ 歴史的事実を発見するためではなく金が目当て
◆ スイスの銀行による和解案受け入れは正義ではなくゆすりの勝利だ
◆ なぜホロコースト産業はフランスの銀行には比較的好意的なのか
◆ ドイツは50年代以降、ホロコースト生還者に600億ドル以上支払ってきた
◆ 貪欲なホロコースト産業の要求はとどまるところを知らない
◆ 彼らの主張──ナチスの大虐殺を忘れるな、ただし他の大虐殺は全て忘れよ
◆ これまでアメリカは「過去の責任」について自身と直面したことがない
◆ アメリカ政府は過去115年間にわたり1372億ドルもだまし取ってきた

フィンケルシュタインは次のように述べている。 「戦後のある時期までホロコーストは注意を払われなかった。 第二次世界大戦の終結から1960年代の終わりまで、このテーマを取り上げた書籍や映画はほんのわずかだったし、この問題を扱う講座のある大学はアメリカの中で一つだけだった。 アメリカにはホロコーストを記念するものは一つもなかったし、それどころか、主だったユダヤ人組織はそういった記念物に反対していた」。 では、いつ頃から 「ホロコースト」 の話題が突然流行し、現在のような 「ホロコースト産業」 が組織化されていったのか。 この件について、イギリスの『タイムズ』紙のブライアン・アップルヤードはこの本の書評の中で次のように解説している。 「フィンケルシュタインによれば、ホロコースト産業が発生したのは1967年6月の第三次中東戦争の直後だったという。 この戦争が終わるまでアメリカ社会では『ホロコースト』も『イスラエル』もほとんど話題には上がっていなかった。 ホロコースト産業はアメリカの戦略上の都合から生み出されたのである。 即ち、『ホロコースト』はアメリカとイスラエルとの軍事同盟化を正当化する上で好都合の道徳感情を誘発する刺激として利用できた。 アメリカの価値観を守る“盾”としてイスラエルを利用できた。 それに、この時期にはベトナム戦争でアメリカは敗北に向かい始めていた。 だから、アメリカ自身が出ていくよりも、アメリカの価値観を主張する上でイスラエルを利用するほうが効果的だったのである。 在米ユダヤ人エリートはイスラエルの大義を溺愛し、『ホロコーストの悲劇』という現代的イメージを捏造したのである。 フィンケルシュタインは、在米ユダヤ人エリートたちが如何に権力を持っているかを強調する。 彼によれば、ユダヤ人の収入は非ユダヤ人のほぼ2倍であるし、アメリカで最も富裕な40人のうち16人はユダヤ人だ。 自然科学分野と経済学分野のノーベル賞受賞者の40%、主要な大学の教授の20%、ニューヨークとワシントンの法律事務所の経営者の40%はユダヤ人である」。

参考   1967年6月の第三次中東戦争でイスラエル軍は圧倒的な強さを見せつけた。 イスラエル軍はエジプト、シリア、イラク、ヨルダンの空軍基地に奇襲攻撃を行なった。 この奇襲攻撃により、アラブ諸国は410機の軍用航空機・空港・レーダーサイトなどを失い、アラブ諸国の航空戦力は壊滅した。 エジプト・シリア・ヨルダンの三国はイスラエル軍の戦死者730人の20倍を越える1万5000人の人的被害を出し、戦車や装甲車などの大量の兵器が奪取された。 この戦争によってイスラエルはヨルダン川西岸地区・ガザ地区・シナイ半島・ゴラン高原を占領した。

フィンケルシュタインは次のように述べている。 「ホロコースト産業がホロコースト被害者の数字を膨らませたがる理由は明白だ。 生存するホロコースト被害者が多ければ多いほど、ドイツとの和解金が大きくなるのである。 スイスとドイツに対するゆすりは序曲にすぎなかった。 最大の山場は東ヨーロッパに対するゆすりだった。 ソビエト・ブロックの崩壊により、かつてヨーロッパ・ユダヤ人の中心地域だったところに魅惑的な展望が開けてきた。 『困窮するホロコースト被害者』という殊勝気なマントに身を包み、ホロコースト産業は貧しい国々からさらに数十億ドルをむしり取ろうとしている。 やりたい放題に目的を追求することで、ホロコースト産業はヨーロッパで最も反ユダヤ主義を高める存在となっている。 『請求ユダヤ人会議』が発行する『ホロコースト生還者のための補償と損害賠償の手引き』には、数十におよぶ関連組織の名前が並んでいる。 巨大な金持ち官僚機構が生まれているのだ。 ヨーロッパのほぼ全ての国で、保険会社・銀行・美術館・民間企業・大小の農家がホロコースト産業の監視下にある。 しかし、当の困窮するホロコースト被害者は、自分たちの為に活動しているはずのホロコースト産業について、土地の接収を実行しているだけだと不平をもらしている。 『請求ユダヤ人会議』に対して訴訟を起こした者も多い。 終わってみれば、ホロコースト産業こそが『人類史上最大の強奪産業』だったということになるだろう」。

ホロコースト産業に従事するシオニストたちは 「ザ・ホロコーストは人類史上に類を見ない大事件だから、他の出来事と比較してはならない」 という立場を貫いている。 これに対してフィンケルシュタインは次のように鋭く批判している。 「すべての歴史的事件には、他の事件とは違う固有の特徴があり、共通する点もある。 概して、ザ・ホロコーストについては、この事件を他の出来事と全く違う範疇に位置づけようとして、固有の特徴ばかりが取り上げられている」。 そして、フィンケルシュタインはノーベル平和賞受賞者のユダヤ人作家エリ・ヴィーゼルの名前を出して次のように批判している。 「ピーター・ノヴィックは、ザ・ホロコーストは合理的には理解不能であるが故に唯一別格であり、唯一別格であるが故に合理的には理解不能であるというシオニストの主張を『ザ・ホロコーストの神聖化』と揶揄したが、この神秘化を誰よりも盛んに行なっているのがエリ・ヴィーゼルだ。 エリ・ヴィーゼルにとってザ・ホロコーストは事実上の神秘宗教であるというピーター・ノヴィックの見解は正しい。  〈中略〉  エリ・ヴィーゼルは、通常2万5000ドルの講演料をもらい、運転手付きのリムジンで送り迎えを受けながら、『神秘は沈黙の中にある』と語っている。 ザ・ホロコーストを合理的に理解することは、エリ・ヴィーゼルにとっては『ユダヤ人の歴史に対する全面的裏切り』である。 なぜなら、ザ・ホロコーストの合理的理解によってザ・ホロコーストの唯一別格性と神秘性とが否定されるからだ。 更に、ザ・ホロコーストをそれ以外の苦しみと比較することも、エリ・ヴィーゼルにとっては『ユダヤ人の歴史に対する全面的裏切り』である」。

フィンケルシュタインはエリ・ヴィーゼルを次のように批判する。 「『アウシュヴィッツとヒロシマは20世紀の2つのホロコーストだ』と躊躇なく発言したイスラエルの元首相シモン・ペレスに対して、エリ・ヴィーゼルは『言ってはならないことを言った』と非難している。 エリ・ヴィーゼルお気に入りの決め文句は『ザ・ホロコーストの普遍性はその唯一別格性にある』だ。 しかし、比較も理解もできない唯一別格のザ・ホロコーストが、どうして普遍性を持つと言えるのだろうか。 ザ・ホロコーストの唯一別格性という主張の根底にはザ・ホロコーストは唯一別格の悪であるという考えがある。 それ以外の苦しみは、どれほど恐ろしいものであっても決して比較にならないという考えがある。  〈中略〉  ザ・ホロコーストの唯一別格性という主張の根底にはユダヤ人の唯一別格性という考えがある。 言い換えれば、ザ・ホロコーストが唯一別格なのはユダヤ人が唯一別格だからだというわけだ。 そこで、米国ユダヤ神学校のイスマール・ショルシュ総長はザ・ホロコーストの唯一別格性という主張を『唾棄すべき世俗版選民意識』だと断言している。 一方、エリ・ヴィーゼルは、ザ・ホロコーストの唯一別格性と同じく、ユダヤ人の唯一別格性についても熱烈で、『我々は全てにおいて他民族と違う。 ユダヤ人は存在論的に例外的だ』と言っている」。

フィンケルシュタインは次のように述べている。 「ノヴィックは、『ザ・ホロコーストはアメリカの記憶である』と主張することは道徳的逃避であるとも述べている。 それは、アメリカ人が過去・現在・未来と直面する際に、本当に自分たちのものである責任を回避することにつながるからである。 このノヴィックの指摘は重要だ。 自分を見つめるより他人の犯罪を非難する方がずっと容易だ。 しかし、それはまた、意志さえあれば、ナチスの経験から自分たちについて多くを学べるということでもある。 イギリス系白人が北アメリカ大陸を支配することは神の意志だとした19世紀アメリカ人の考え方は、ほとんど全ての点でヒトラーの生活圏政策に先鞭を着けるものだった。 事実、ヒトラーの東方征服はアメリカの西部征服をモデルとしていた。 また、今世紀の前半には、アメリカの大半の州が断種法を制定し、何万人ものアメリカ人を本人の意に反して断種したが、ナチスは自国で断種法を制定する際に、明確にアメリカの先例を引き合いに出している。 更に、悪名高い1935年のニュルンベルク法は、ユダヤ人から参政権を奪い、ユダヤ人と非ユダヤ人との結婚を禁止したが、同様にアメリカ南部の黒人も法的権利を奪われ、戦前のドイツをはるかに上回る大衆暴力の標的にされて、しかも、それが黙認されていた」。

フィンケルシュタインはこの本の中で次のように述べている。 「アメリカ合衆国は、原住民から丸ごとだまし取った土地に築かれたものだし、アメリカ産業は綿産業での数世紀におよぶアフリカ系アメリカ人の無賃労働を燃料に発展したものだ」。 そして、彼は 「なぜアメリカの首都に政府運営のホロコースト博物館があるのか」 と問いかけて、次のように述べている。 「年に一度のホロコースト記念日は全米規模のイベントだ。 50州それぞれの主催するホロコースト記念式典の多くが州議会の議事堂で行なわれる。 ホロコースト組織協会(AHO)には、合衆国で100以上のホロコースト機関が名を連ね、アメリカを見渡せば、7つの大きなホロコースト博物館が点在している。 そして、この記念事業の中心となるのが、ワシントンにある『合衆国ホロコースト記念博物館』である。 第一の疑問は、なぜこの国では首都にまで、連邦政府が資金を出して運営するホロコースト博物館があるのかということだ。 連邦議会議事堂からリンカーン記念堂まで、ワシントン最大の通りである『ザ・モール』がまっすぐに伸びている。 そこにこの博物館があって、しかもアメリカ史上の犯罪を記念する博物館が一つもないというのは大きな矛盾だ。 想像してほしい。 もし、ドイツが、アメリカの奴隷制やアメリカ原住民の殲滅を記念する国立博物館をベルリンに作ったら、偽善だとして轟々たる非難がアメリカ中に沸き起こるはずだ。  〈中略〉  同博物館の展示内容をめぐっては様々な政治問題が顔を出している。 ヨーロッパの反ユダヤ主義については、キリスト教徒の選挙民を刺激しないように、キリスト教的な背景を抑えてある。 アメリカが戦前に実施していた差別的な移民割り当てについても扱いを軽くし、ナチス政権が作った強制収容所の解放におけるアメリカの役割を誇張しておきながら、戦争終結時にアメリカがナチス戦犯を大規模に雇用したことについては黙っている。 ホロコースト博物館の全体を支配するメッセージは、我々はこのような邪悪な罪を犯すどころか想像さえできないというものだ。 このホロコースト博物館は、ユダヤ人の生還者が命からがらパレスチナに足を踏み入れる場面で終わる。 それによって、イスラエル建国が『ナチズムヘの正しい回答』であるというシオニズムの理念を伝えようとしているのである」。

第二次世界大戦中、ナチス政権によって強制収容所に収容されたのはユダヤ人だけではない。 ナチス政権はジプシー(ロマ)をも迫害した。 1943年春以降、ナチス政権の支配圏となった12ヶ国のジプシーが 「ジプシー収容所」 へ続々と連行され収容された。 フィンケルシュタインはこのジプシー問題にも触れながら、次のように話を続ける。 「ホロコースト博物館という策略の核心は、誰のために記念するのかというところにある。 ザ・ホロコーストの犠牲者はユダヤ人だけなのか、ナチスの迫害によって殺された者はすべて犠牲者として数えるのか。 ワシントンのホロコースト博物館が計画段階にあったときは、ヤド・ヴァシェム(イスラエル国立のホロコースト記念館)のイェフダ・バウアーとエリ・ヴィーゼルが、ユダヤ人だけを記念せよとする立場の急先鋒だった。 そして、この主張に従って、ワシントンのホロコースト博物館は作られた。 『ホロコースト時代について誰もが認める専門家』として判断を任されたエリ・ヴィーゼルは、ユダヤ人が最初の犠牲者であると強調した上で、『そして、いつものように、ユダヤ人だけでは済まなかった』と言った。 しかし、政治的に最初に犠牲となったのはユダヤ人ではなく共産主義者だったし、大量殺人の最初の犠牲者はユダヤ人ではなく障害者だったし、ジプシーの大量殺害もあった。 ナチスは50万人ものジプシーを組織的に殺害した。 これは比率で言えば、ユダヤ人殺害にほぼ匹敵する犠牲者数である。 イェフダ・バウアーなどのホロコースト・ライターは、ジプシー殺害はユダヤ人への残虐な攻撃とは違うと書いているが、ヘンリー・フリードランダーやラウル・ヒルバーグといった優れたホロコースト歴史家は、同じだったと主張している。 ホロコースト博物館側がジプシーの大量殺害を取り上げなかったことについては、さまざまな思惑が見え隠れする。 第一は、彼らはジプシーの死とユダヤ人の死を並べて考えたくなかったということだ。 例えば、合衆国ホロコースト記念協議会の専務理事であるラビ・シーモア・シーゲルは、ジプシー代表を呼ぶなど『馬鹿げたこと』だと嘲笑し、『もし、ジプシー民族というものが存在するならば、何らかの認識または認知があるはずだ』と、ジプシーの存在自体に疑問を呈した。  〈中略〉  第二は、ジプシーの大量殺害を承認すれば、ザ・ホロコーストの販売権を独占できなくなり、それに伴ってユダヤ人の『道徳的資本』も失われるからだ。 第三は、もし、ナチスがユダヤ人と同じようにジプシーを迫害したということになれば、一千年にわたるキリスト教徒のユダヤ人憎悪が最高潮に達したのがザ・ホロコーストであるという主張が強さを失ってしまうからである。 ワシントンのホロコースト博物館の常設展示では、ナチズムによる非ユダヤ人犠牲者については形ばかりの認識しかなされていない。  〈中略〉  イスラエルが1996年にレバノンへ凄まじい攻撃を仕掛け、カーナで100人以上の市民を虐殺したとき、『ハアレツ』紙のコラムニストであるアリ・シャヴイットは言った、『イスラエルは何をしても大丈夫だ。 われわれにはADL(ユダヤ名誉毀損防止連盟)とヤド・ヴァシェムとホロコースト博物館がついている』と」。

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