1947年 金貸しが作ったCIA

金貸し勢力のスパイの証言(8)~金貸しが作ったCIA~

1940年当時、米国の情報機関としてはFBIがあったが、それにもかかわらず、新たにCIAを設けたのには、一般には知られていない理由がある。

それは、国際金融資本家の利益のために、米国ルーズヴェルト大統領が、英国首相チャーチルの支援を仰いで創設したスパイ機関とのこと。そしてその背後には秘密結社イエズス会の存在がある。

 

以下、「伝説の秘密諜報員 べラスコ」(高橋五郎著)を基に転載紹介

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ルーズベルトチャーチル

◆国際金融資本家が作ったCIA

CIA(米国中央情報局)の誕生には特徴が二点ある。一点は、ユダヤ系アメリカ人のフランクリン・D・ルーズヴェルト大統領が議会承認も求めず極秘裏に独断で新設した点。もう一点は、英国首相チャーチルの支援を仰いでMI6にお手本を求めて創設した点だ。そして最大の特徴は、両首脳の裏側にはあのMI6誕生に「貢献」したミルナー卿と同じユダヤ系金融資本からが密かに関わっていたことだ。

 

米国政府の対外情報機関CIAの出発点は、1941年に敵の後方攪乱と破壊工作を目的に大統領が自ら創設した文官情報機関の情報調整官事務局(OCI)にある。ところがこのOCIは設立後間もなく再び大統領の手で軍事情報機関の戦略情報事務局(OSS)に改組される。第二次世界大戦時の対外情報活動を仕切ることになるOSSの雛形は、英国経済戦争省特殊工作本部に出発点がある。

 

OSS創設は、ドイツのチェコ・オーストリア併合、日本軍の中国侵攻などのいわゆるファシズム台頭が看過できなくなったことにあり、それが米国議会の孤立主義一辺倒の対外政策を捨てさせた理由にもなった、と説明しているのはスパイ問題の権威者で英国の作家ブライアン・フリーマントル(『CIA』)だが、この解説は通り一遍に過ぎて正解ではない。

 

なぜなら、地政学(政治現象土地的条件との関係を研究する学問)的にみてアメリカ大陸には遠い東欧やアジアでの紛争が、米国が国是としてきた孤立主義政策を捨てさせるほどの危機に直結しているかといえば疑わしい。むしろ地政学を越えた米国の国益が東欧アジアの各地域ないしは英国の国益がそこに存在したと見るのが自然だ。英国植民地の危機は米国の危機と一体だったと考えるのが正解であって、そこにこそ対外情報機関OCIの創設の理由があったのだ。

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F・D・ルーズヴェルト大統領はなぜ国民は議会の目を隠れて対外情報機関を新設したのか。つまりMI6や米国の軍事情報機関に任せずに、国務省直属の情報機関を創設した理由は何か。というのも、それまでの米国には、英国に劣らず1941年までに対外情報機関役の部局が陸海両軍内部やそれ以外の政府機関にも存在していたからだ。例えばなぜFBIを使わなかったのか。

 

FBIはOSS創設以前の1924年には、対外情報活動にまで手を伸ばすほどの経験豊かな政府機関に成長していた。活動対象はエリアは中南米諸国で、しかもFBIの能力はロンドン警視庁公安部に比肩できるほど優れていて、「FBI帝国」とまで言われる存在だった。スペシャル・ブランチと呼ばれたロンドン警視庁公安部も英国軍事情報活動をみならって情報機関機能を完成させたものだが、米国にはFBIのみならず米国陸海軍にも情報機関があった。

 

政治的には、対外孤立主義政策を打ち出していたが、アメリカは対外情報活動については対外的には孤立していなかった。だのになぜ大統領はFBIや軍の対外情報機関を使わず、新規の対外情報機関を創設したのか。その理由は簡単だ。つまりルーズヴェルト大統領は、英国と共有しあう特別な権益を死守するためにのみ、必要な対外情報機関を設けたのだ。国民や議会には説明のつかない権益が英国との間に存在し、従来の情報機関には知られたくない秘密(利益)が危機にさらされないように、大統領のみが知る新機関を必要としたのだ。簡単にいえば国際金融資本家の利害に関与させるためにのみ必要な情報機関を設けたのだ。別な表現をすれば、アメリカのウォールストリートと産業界が、いかに秘密めいた世界ビジネスを実行していたかをアメリカのOSS(=現在のCIA)の創設者が証明しているのだ。

 

OSS創設時の1941年7月に米国は憲政史上初の用語「国家安全保障」を大統領令の中に登場させた。

ドノヴァン  stephenson18308661H2315709ジョセフ・ケネディ

ドノヴァン     スティーブンソン       ケネディ

CIA創設の裏面にある特徴の二点目は、一握りのユダヤ系金満家族らが手作りで創設した点だ。登場人物は主役のルーズヴェルト大統領と英国のチャーチル首相。彼らの両脇に二人の男が隠れていた。ルーズヴェルトの脇にはウォール街の金満弁護士ウィリアム・ジョセフ・ドノヴァンだ。チャーチルの脇にはカナダの億万長者と呼ばれたサー・ウィリアム・スティーブンソンだ。駐英大使ジョセフ・ケネディ(ジョン・F・ケネディの父)もその一人だった。

 

ここで重要な点は、ルーズヴェルト大統領を始めこうした登場人物らの素性が国際金融資本家とその関係の人々である点だ。世界的な権益に無縁な人物達ではない。ここには金に縁のない高級官僚や陸海空三軍の将軍はいない。米国の情報機関は、金持ちたちによるいわば密室政治の人間構図から生まれたスパイ機関なのだ。

 

それゆえにソビエト・ロシアやドイツのユダヤ系権力者、それに英国・カナダのしかるべき人物らのとの関係は濃密なのだ。むろんこの背後には秘密結社イエズス会の存在がある。

 

ところでチャーチル首相の脇役、スティーブンソンはMI6のニューヨーク市局長を兼任する首相特使を務めた。得し特権をチャーチルから与えられたのは、ルーズヴェルト大統領と国家最高機密を共有しあうためだ。金満弁護士のドノヴァンは、ルーズヴェルト大統領直属の情報調整官として英米間を往来、大統領直属の米国対外情報機関の設立に特権をふるう。こうしてアメリカ合衆国にCIAの前身OCI、OSSが1941年に誕生したものだ。

 

1940年に起案してから僅か1年で、英米間の極秘交渉は成立、その成果が米国にもたらされた。OSSの職員には上流社会の子息を中心にリクルートした。それは英国軍事情報部がケンブリッジ、オックスフォードの上流家庭の学生を集めたやり方を見習ったものだ。

 

米国の対外情報機関はドイツや日本ほかの国家中枢部分に情報収集神経の末端を張り巡らした。そのおかげで、日本に「騙ましうち」を仕向けさせたり、インチキ世論を作り出して、米国の「止むに止まれぬ対日戦争」とやらの実現を可能にした。

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