1942年 米国の原爆開発情報は日本に何をもたらしたか

金貸し勢力のスパイの証言(12)~米国の原爆開発情報は日本に何をもたらしたか~

イエズス会 懺悔室

イエズス会の牧師がスパイの主要な情報源であったということは衝撃的ですね。そしてそれは懺悔室が舞台で、金を払えばなんでも協力したという牧師。。。これが、カトリック教会=イエズス会の本性ですね。

それと、原爆開発情報を日本がなぜ軽視したのか?これは大きな疑問ですね。それはドイツもしかり。

裏で支配する金貸しの思惑をもう少し深く探っていく必要がありそうです。山本五十六やナチス・ドイツの意図を解明していくことで明らかになりそうです。今後の展開も楽しみです。

 

以下、「伝説の秘密諜報員 べラスコ」(高橋五郎著)を基に転載紹介しています。

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◆米国の原爆開発情報は日本に何をもたらしたか

 

TOは須磨公使との子供じみた戦争ごっこの情報契約時に二百万ドルの前払いを受け取っていた。そのカネはアプヴェールのカナリス長官が日本政府のために立て替え払いしたカネだった。立て替えた理由について、ベラスコはその大金以上の利益がドイツ側にもたらされるからだと語った。日本と契約するだけでドイツはもっと大きな利益が得られたのだ。アルゼンチン大統領の座を12万ドルで勝ったペロンのカネは、日本がべラスコに払ったカネで支出された情報下請け代金だった。日本政府も戦史家もいまだに子供の戦争を大人の戦争だと信じている。戦争が日本の支払い一方のビジネスだった点を隠し続けているのだ。

 

米国内での主な支払先はカトリック教会、つまりイエズス会の牧師に対してだった。彼らはカネを支払わない限りは絶対に協力しなかった。いや、カネを払えばなんでも協力した。牧師の仕事は懺悔室の中で戦地に向かう軍人らの口から秘密を聞き出した。この仕事は末端のイエズス会宣教師にとっては株や不動産投資よりも割が良かった。「戦争」ほど素敵な商売はない。

 

TOメンバーにとって兵士が集まる街角のバーはスパイには通いなれた仕事場だった。そこで知り合った兵士らの買い物の手伝いや恋人の斡旋など何でも手助けして情報を集めた。

北アメリカで原爆開発情報と太平洋艦隊の動向を探ったのは二人のスペイン青年ロヘリオとレアンドロだった。彼らはサンフランシスコからサンディエゴまでのエリアで軍事機密を探った。

 

(中略)

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米国の原爆開発情報は、TOのリーダー・ベラスコに誇りと苛立ちとを同時に味あわせた。それはTOがアプヴェールやSS情報部を出し抜いて米国の原爆開発情報をいち早く入手した自負と、その逆にベラスコ自身に核物理学の素養が欠如していることから生じた情報分析の難しさへの苛立ちだった。

 

須磨公使からの指示の遅れも苛立ちを倍加させた。焦った理由は二つあった。一つは、敵の新兵器の詳細を見失うことへの焦りからであり、もう一つは、TOの組織拡大機会の喪失への懸念、つまり巨額な情報活動資金を獲得する機会を失うことへの不安が昂じて時間を無駄にすることに対してだった。

 

原爆情報の入手は、活動資金の増額をもたらす超一級の情報だった。だのにこの情報が日本の戦争指導者らの問題意識にさほどの影響をもたらさなかった場合、TOはその後どう対応すればよいのか。米国内での活動中の部下らの士気が崩れはしまいか。ベラスコにとって日本政府の原爆情報に対する曖昧な態度は、TOの存亡を賭けた死活問題に思えたのだ。

 

情報入手のためにロヘリオとレアンドロには巨額の情報料を払った。それは現地細胞や情報提供者に対しても同じだった。一回に数万ドル、時には車に積んだ数十万ドル紙幣を車ごと相手に渡したこともあった。領収書のもらえない現金は、メキシコ国境の町メヒカリ経由で米国西海岸に持ち込んだ。資金増が見込める情報材料は、原爆開発情報と太平洋上の海戦情報だった。

 

原爆開発研究所付近の教会牧師にばら撒くカネが途切れれば、それだけで活動は相当なダメージをこうむる。カネの切れ目が縁の切れ目になるのが情報世界か。原爆情報入手に日本政府はなぜかさほどの積極性を見せなかった。ロヘリオとレアンドロの情報収集活動の歩みは自然にゆるんだ。トーンダウンした情報活動がべラスコをいっそう苛立たせた。そのイライラに追い打ちをかける二つの問題が起きた。

原爆カナリス

◆日本の敵は誰か――日本の味方は誰なのか・・・?

 

一つは、ドイツ国防軍情報部(アプヴェール)とSS情報部による米国の原爆開発の収集情報がなぜかベラスコの手元に伝わってこなくなった問題だった。ベラスコが報告する米国原爆情報を日本政府は無視しておざなりに扱い始めたのだ。なぜかアプヴェールとSS情報本部も米国の原爆開発情報をさほど重視しなくなったのだ。血気盛んに原爆情報収集に取り組んでいたベラスコには解せない“味方”の変心だった。

 

もう一つの問題は、ロヘリオとレアンドロが何と日本人スパイから監視されていると伝えてきたことだった。ロヘリオは味方(日本)から見張られる不快感と怒りをベラスコに訴え、スパイを辞めてスペインに戻るとまで言ってきた。

 

ベラスコは須磨公使に調査方を依頼した。公使は東京の参謀本部に問いただすと約束した。須磨公使はこの問い合わせを機密電報を使わず、手交で東京に問い合わせしていたことをベラスコは密かに知った。須磨が(のんびりとした)手交で東京の政府とやりとりしている事実は、ベラスコにとっては衝撃だった。ベラスコは須磨公使に渡す情報の価値を密かに東京への送信方法で見極めていた。味方をスパイ監視する問題はベラスコのみならず須磨公使にとっても重大だったハズ。

 

ベラスコはこう呟いたことがあった。「米国内の日本人スパイ問題を問い合わせしたときから、須磨はテーマによっては手交で東京と連絡した」と。この呟きは、須磨がマドリードからの東京本省宛機密電(暗号電文)を連合軍に解読(盗聴)されていることに気づかれた須磨公使の態度をベラスコが察知したからかもしれなかった。

 

ベラスコは須磨公使が外交機密電文の内容を敵側にキャッチされている事態を「いつ」気づくかと観察していた。ということは、須磨公使がいつスペイン政府の陰謀行為を看破するか、そこにべラスコが細心の注意を払っていたことを物語った。何しろスペイン、フランコは日本政府を騙していたのだ。

 

東京の参謀本部から須磨に宛てた返答によれば、米国内のロヘリオとレアンドロを監視していたのは、山本五十六がかつてワシントンに軍縮交渉に出向いた際に同伴した海軍武官の一人ということだった。この説明は須磨がべラスコに口答でした。しかし実際は、全く別の米国OSSの端末細胞の日系人スパイからもベラスコの部下らは監視されていたのだ。

 

(中略)

 

アプヴェールはSS情報部を出し抜いて米国の原爆開発情報を最初にキャッチしたTOの実績が、ベルリンのカナリスやシューレンベルグに信頼感を与えたのはいうまでもない。ところが意外なことに、彼らはベラスコに寄せる信頼感からなのか、逆にナチス原爆の開発情報のみならず邪心までをベラスコに悟られてしまうことになる。

 

邪心とは、彼らナチス情報高官が実は敵の連合軍の作戦に密かに加担しようとしている裏切り意志のことだ。むろんその邪心はベラスコの洞察力が探り当てた疑義に過ぎず、決して証拠を握ったわけではない。しかし彼らの米国原爆開発に対する奇妙な無関心ぶりは、何となくべラスコに異様さを覚えさせるには充分だった。ベラスコは、一抹の懸念と疑問を感じ始めて洞察力をいっそう働かせた。彼らの態度はまるでナチスの情報収集能力を試すOSS(米国戦略情報局)の代理人そのものに見えてきた。

 

(中略)

 

もはや須磨公使からの積極的な原爆情報依頼もなく、ましてやる気を失ったようなドイツ情報本部(アプヴェールとSS)の無反応ぶりにもかかわらず、負けん気のベラスコは二人の部下を励ましてせっせと原爆開発情報をベルリンに送り続けた。その徒労とも思えるベラスコの努力がカナリスとシューレンベルグらをいっそう注目させた。

 

ベラスコの米国原爆開発情報が、逆にナチス原爆の開発情報をベラスコにもたらしたのだ。長官カナリスとSS情報部長官シューレンベルグは個別にだがベラスコに対して、実はナチス陣営も原爆を研究開発中であること、その完成も間近で最高機密扱いになっていることなどなどの極秘情報を直接漏らし始めたのだ。

 

ベラスコが米国の原爆開発情報を克明に提供するにつれて、ドイツの二大情報機関のトップらがナチス原爆の製造過程と完成機密をベラスコに耳打ちするようになっていく二人の腹の奥底には、ヒトラー打倒の意図が見え隠れしていることにべラスコは気づく。彼らは米国原爆の進捗振りには無関心を装っているが、実際はベラスコがどこまで開発詳細を入手しているか、そこに特別な関心を寄せて必至だったのだ。そうした二人の態度から逆にベラスコの脳裏にはロヘリオが消された理由が彷彿と浮かんできた。ロヘリオの死はドイツ情報部側からの密告による殺人劇だったのか――。

 

(後略)

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