1931年 天皇所有の国策企業による植民地支配

「天皇」という力の正体とは?(4)~天皇所有の国策企業による植民地支配

明治維新当初、西洋を模した近代化における「神」の位置に祭り上げられた天皇家だったが、やがて、前々回記事のように多くの企業を所有する日本最大の財閥という実質的な資力と権力を有する存在となってゆく。

では、この天皇が所有していた企業群は、日本の近代化においてどのような役割を果たしたのだろうか。前々回記事http://www.kanekashi.com/blog/2015/01/3732.html中の株保有リストの中の幾つか主だった企業について、『天皇財閥 皇室による経済支配の構造』より紹介する。
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南満州鉄道本社

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天皇保有の企業は、大きく分けると、国策企業としての半官半民会社と、金融機関の2つである。

【国策企業】
●日本郵船
現在も売上高2兆円を越える日本郵船は、三井と三菱の合弁で設立された日本最大の海運会社であり、天皇が三菱に次ぐ約24%の大株主であった。設立後、まず日本郵船は米国籍の海運会社が独占していた太平洋横断の新たな航路(シアトル航路)を、さらにインド航路を開拓し、海外貿易の道を拓く。

日清戦争では日本郵船が活躍した。陸海軍の御用船として、計一三六隻、総トン数二十五万トン以上の船を都合したのである。(中略)日露戦争においても同様に、日本郵船は社をあげて戦争に協力し、御用船を供出した。その後も順調に成績を伸ばし、日本郵船は世界に冠たる海運会社となったのである。

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●南満州鉄道

 天皇家が株式を保有していた鉄道会社として、もっとも重要なのが「南満州鉄道株式会社」、通称「満鉄」である。
よく知られているように、日露戦争に勝利した日本は、ロシアとの講和条約(ポーツマス条約)で賠償金は獲得できなかったものの、清国におけるロシアの利権の一部を獲得することができた。満州の南半分の鉄道利権である。これが満鉄の誕生である。

満鉄は満州を植民地として経営することを念頭において、設立された会社であった。設立には、イギリスをはじめとする西欧列強がアジアの植民地化を進めたときの「東インド会社」をモデルとした。

東インド会社は、単なる貿易会社ではなく、軍隊を所有し、広大な地域を支配していた「小国家」であり「帝国の中に築かれた帝国」と呼ばれていたという。日本の満鉄もこれを模倣したものだ。

 昭和六年(一九三一)に満州事変が起こると、以降、満鉄は関東軍に積極的に協力し、満州国政府への人材供給源となる。とくに、日本がこれまで関与できなかった東北部の鉄道もすべて掌中にした。この満州国有鉄道の経営も満鉄に委託され、満州における全鉄道の経営を担当することになる。また、鉄道事業の他に自動車、水運、港湾、炭鉱、製油、製鉄、旅館、不動産、学校、病院など、関係事業は八十社にものぼる。文字通りの「帝国企業」であった。
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●国策会社を支える金融機関
満鉄と同様に、天皇が株を保有する「東洋拓殖」は朝鮮を、「台湾銀行」は台湾を植民地化するための国策企業であった。かつ、「台湾銀行」は、紙幣発行権を持つ台湾の中央銀行だった。

このように、貿易企業あるいは植民地支配のための国策会社を支えたのが、最大の金融機関としての日本銀行であり、外国為替銀行となり、貿易金融を一手に引き受けていた横浜正金銀行だった。
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 日本の中央銀行である日本銀行の最大の株主は、天皇家である。このことは繰り返し述べてきた。それは、単に一銀行の株主であることを意味するのではない。全産業の中心、信用供与の中心となる機関を保有しているのが、他ならぬ天皇であることを意味する。つまり、全産業を間接的に保有していることと同義なのである。これはやはり驚くべきことであろう。
こうした、産業国家構造の中心となる最小単位である「銀行―企業」のセットは、日本本土のミニチュアである植民地においても導入された。

「宣教師のあとには商人が、商人のあとには兵隊が」──というのがヨーロッパ諸国の植民地略奪者の典型的方式であった。日本の場合には商人と宣教師(「汎アジア主義」思想の宣伝家)および「兵士」(参謀本部のスパイ)は、一人がそれを兼ねていた。日本帝国主義の目標であった領域での日本の諸コンツェルンの会社は、その資本主義的事業経営をおこなうと同時に、日本の宣伝活動とスパイ謀略活動の中心機関でもあった。(『日本の財閥』3巻、四一二ページ)

今回紹介した企業群の創立者や総裁には、三菱の岩崎弥太郎、「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一らの著名な経済人が登場する。しかし、彼らの活動のさらに奥にいて日本の近代化を推進していたのが天皇家だったのである。

次回は、二度の世界大戦まで頂点を極めた天皇財閥の権勢についてみている。

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