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1790年 サウード・ワハビ家

ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 第18話 ― サウード・ワハビ家

 2016年夏、トルコでトルコ軍の一部によるクーデター騒ぎがありました。トルコのエルドアン大統領が身柄拘束もしくは殺害、その直前にエルドアン大統領にプーチン大統領から知らせがあり、クーデターはすんでのところで未遂に終わりました。そしてこのクーデターに対する大粛正を行った結果、国際的には窮地にも陥ったエルドアンに、プーチンが援助の手をさしのべました。これにより、それまで敵対関係にあったトルコとロシアの関係は変化改善して、トルコはロシアの傘下に入ったように見えました。トルコは本来イスラエルの兄弟国で同盟関係にあるはず、しかし現在の状況は微妙ですが、少なくとも同盟関係では無くなっているように見えます。
このトルコの立ち位置の変化は、中東そして世界情勢に大きな影響があったはずです。エルドアンは多分オスマン帝国の復活とカリフの座につく野望があり、現在もその野望を捨てていないように見えますが、これは「トルコの父」ムスタファ・ケマルの意志に反します。一連のクーデター騒ぎは、前回見たようにトルコが軍を中心にドンメー即ちサバタイ-フランキストにより支配される国家であったことが大きく関わっているでしょう。
さて、こう見てくると中東でイスラムを名乗りながらもイスラエルと同盟関係にあるサウジアラビアが、いかなる国家であるのか?が気になります。サウジはアラブの盟主を自認し、イスラムのスンニ派を名乗って中東のイスラム世界に大きな影響をあたえています。しかし反面サウジはイスラエルと同盟を組み、テロ組織アルカイダやダーイッシュと関わりが非常に深く、各種の報告にてこれらのテロ組織の支援を行って来たことが明かされています。このまるで掴み所が無くジョーカーのような国、サウジアラビアを今回は追います。
(seiryuu)
注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 第18話 ― サウード・ワハビ家

スンニ派とシーア派の闘争?

私たち日本人はイスラム世界と縁が遠く、その宗教や生活の実態は知りません。私たちは欧米のニュースを通してイスラムを知らされ、そのイメージ付けをされてしまっています。私たちは流されるニュースを通して、イスラムに対し「イスラム教徒とは随分熱心だなー!」と思う反面、「なんとなく野蛮そうで怖い。」「何かずっと争っている。」「同じイスラムでも宗派間で流血や殺人まで至る激しい闘争がある」。このようなイメージを抱いているのではないでしょうか?

イスラムは生活に密着しており、単なる宗教思想ではないのですが、大まかには二派に分かれます。スンニ派とシーア派です。イスラム全体の約8割がスンニ派、1割強がシーア派とされます。中東でのスンニ派の代表国とされるのがサウジアラビアで、シーア派の代表国がイランです。スンニ派とシーア派、この両派が激しく抗争しているように私たちは思わされていますが、ある意味では正解であり、同時に全くの間違いでもあるようです。

イスラムで両派が分かれたのは632年の預言者ムハンマドの死に遡ります。ムハンマドの後継者の最高宗教指導者カリフ、この選出は血のつながりでは無く皆の合意、特に「スンナ(慣行)」を重視すべきとしたのがスンニ派です。一方、カリフはムハンマドの娘婿で従兄弟、血の繋がったアリーとその子孫から選ぶべきだ、「シーア・アリー(アリーに従え)」と考えた人たちがシーア派を構成したようです。従ってスンニ派とシーア派の相違は、本質的に預言者ムハンマドの後継者に対する考え方だけで、宗教教義上の相違があるわけではないのです。お祈りの作法や回数に少し違いがあるようですが、スンニ派であろうがシーア派であろうが、同じイスラム教を信奉していることに変わりがありません。おまけに後継者争いがあったのは1400年近く前の話です。これで現在も宗教上の理由でスンニ派とシーア派が流血の争い、ましてや死者を出すほどの抗争がおきるはずがありません。実際イラクでは、スンニ派もシーア派の人々もいますが互いに交流し結婚もしているようです。当然といえば当然です。

しかし反面スンニ派とされる勢力とシーア派勢力の争いがあるのも事実です。国家としてサウジとイランの争いがあります。この抗争は宗教ではなく、経済や国家の姿勢によるものでしょうが、有り体に言えば、これも欧米というか偽ユダヤの思惑で「創られた抗争」です。そして中東での抗争の実行犯がサウジなのです。サウジはスンニ派を名乗っています。しかしこれは大いに疑問があります。政教一致国サウジの国教はイスラム原理主義のワッハーブ派です。「預言者ムハンマドの時代に戻れ」と叫び、それ以外の一切を認めない過激で排他的な宗派です。排他的なワッハーブ派は、とてもではありませんが、後継者選びに皆の合意を大切にしたスンニ派には見えないのです。

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サウード・ワハビ家の歴史概略

サウジアラビアとは「サウード家のアラビア」の意味ですが、サウード家はワッハーブ主義を提唱したワハビ家と結ぶことで力を付けてきたのです。ワッハーブ主義とは18世紀半ばにアブドゥル・ワッハーブが起こした過激な改革運動です。彼はサウード家のムハンマド・イブン・サウードを守護者として見出し養子とします。同盟を組んだサウード家とワハビ家は一体となります。互いに利益があったからです。ワハビ家にすれば強力な武力守護者を得たことになるし、サウード家にすれば彼らが砂漠で行ってきた「慣習」、つまり近隣の村や移動する砂漠の民ベドウインからの略奪強奪、その暴力行為がイスラムの不信仰者を懲らしめる「聖なる宗教行為」のお墨付きとなったのです。

近隣を暴力の恐怖で征服改宗させながら、彼らの勢力はアラビア中部および東部アラビア全体へ急速に拡大します。1790年までにオスマン帝国の支配から自立しワッハーブ王国(第1次)を建国、1803年にメッカ、翌年メディナとイスラム教の聖地を占領、この際にはメディナにあった教祖ムハンマドの墓廟さえも破壊しています。さらにシリアやイラクにも進出し破壊行動を実行します。

この事態に危機を感じたオスマン帝国のマフムト2世は、エジプト総督ムハンマド・アリーに軍隊の派遣を命じ、1818年にいったんワッハーブ王国は滅亡します。ここで留意すべきは、マフムト2世はスルタンであると同時にスンニ派のカリフでもあるのです。スンニ派の最高宗教指導者がワッハーブ派を今日で言うところの「カルト」指定し暴力集団として排斥を命じているのです。イスラムと認めていないのです。その後も生き残ったサウード・ワハビ家によるワッハーブ王国の興亡はありますが、イブン・サウードが1902年にリヤドを奪還。1925年にはハーシム家のヒジャース王国を滅亡させ、アラビア半島で覇権を確立します。1932年に国号をサウジアラビア王国に変更、サウード・ワハビ家の王族による独裁国家です。世界トップの大油田を有するサウジはロックフェラー家と結び、潤沢なオイルマネーを背景としてアラブの盟主を自認し今日に至っています。

pixabay [CC0] 1 & 2 & 3 & 4

元祖テロ国家、サウード・ワハビ家のアラビア

本質の問題は、ワッハーブ派が本当にイスラムスンニ派なのか? それとサウジがアルカイダやダーイッシュなどのテロ組織と深く関わり、明らかに支援してきた事実です。ハフポストで「イスラム国を理解するにはサウジアラビアの過激主義「ワッハービズム」を知らなければならない」との題の記事で以下の記述があります。

アブドゥル・ワッハーブの主要な教義のひとつがタクフィール(不信仰者の宣告)の主要な考えとなった。タクフィールの教義のもとでアブドゥル・ワッハーブと彼の追随者たちは、何であれ絶対の権威(すなわち王)の主権を侵害するような活動に携わった仲間のイスラム教徒を異端者とみなすことができた。アブドゥル・ワッハーブは、死者、聖人、天使をあがめたイスラム教徒すべてを非難した。そのような感情は、神に対し、また神にのみ示されるべき完全な服従を損なうと考えたのだ。よってワッハーブ派のイスラム教義は、聖人や死んだ愛する人に祈ることや、墓や特別なモスクへの巡礼、聖人をたたえる宗教的祭り、イスラムの預言者ムハンマドの誕生日を祝うこと、そして死者を葬る際に墓石を使用することさえ禁じた。アブドゥル・ワッハーブは服従を要求した――物理的、具体的に示される服従だ。彼は、イスラム教徒すべては1人のイスラム指導者(カリフ、もし存在するならば)に個人的に忠誠を誓う必要があると論じた。この考えに従わない者は殺されるべきであり、その妻や娘たちは犯されるべきであり、その財産は没収されるべきだ、と書いている。死に処されるべき背教者のリストには、シーア派、スーフィー派、そして他のイスラム宗派、すなわちアブドゥル・ワッハーブが決してイスラム教徒であるとは考えなかった人々が含まれていた。

ワッハービズムとは「絶対服従か?死か?」であり、自分たち以外のイスラムは全て死に処すべき敵なのです。ワッハーブ派自体が、その最初から過激な暴力テロ集団でありカルトそのものなのです。必然的にこのカルト暴力集団が国家となるとテロ国家となります。元祖テロ国家です。「ここにはワッハービズムとイスラム国を区別するものは何もない。」とハフポストは続けています。まさにその通りです。ワッハービズムとイスラム国(ダーイッシュ)、両者ともイスラムを名乗りますがイスラム世界のために働いているわけでは当然全くありません。むしろ逆にイスラム世界に大いなる害を与えています。イスラム世界へのネガティブなイメージはワッハービズムによります。そしてアルカイダ、ダーイッシュなどテロ集団はここから発生しているのです。

pixabay [CC0] 1 & 2 & PublicDomainPictures

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