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ポグロム

シャンティ・フーラさんからの情報です。


ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 第3話 ― ポグロム

 「ポグロム」とはロシア語で「破滅・破壊」を意味する言葉で、特に一九世紀後半から二〇世紀初頭にかけてロシアを中心に起きたハザール・ユダヤ人に対する集団迫害をいいます。

「1881年の春、アレクサンドル2世が暗殺されると、この犯行グループの中にユダヤ人女性革命家ゲシア・ゲルフマンがいたことから、民衆の間で「皇帝殺しのユダヤ人に制裁を加えるべきだ!」という煽動がなされた。そのため、この皇帝暗殺事件を機にポグロムは爆発的に波及したのだが、興味深いことに、ほぼ全てのポグロムがウクライナ南部の定住区域──かつてのハザール王国領と重なる地域(黒海北岸)に集中していたのである。当時のユダヤ人作家は、この時のポグロムを「ウクライナ南部(黒海北岸)の暴風」と呼んでいた。」(「ヘブライの館2」)

(主にスファラディック)ユダヤ人への迫害はそれまでにもヨーロッパ各地で断続的に発生していました。これらの迫害もその後の伏線にはなるのでしょうが、この「ポグロム」の影響は他のユダヤ人迫害とは比較にならないほどの波及効果をもたらします。地球人類史を塗り替えるほどのもの、といっても過言ではないのです。
具体的にはロシア革命、米国へのハザール・ユダヤ人の大量移民、そしてイスラエル建国へと繋がるのでした。

(seiryuu)
注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 第3話 ― ポグロム

アレクサンドル2世(public domain)

ポグロムと皇帝暗殺の実態

1881年アレクサンドル2世暗殺事件ののち南ウクライナで行われたもの。そして1910年にまでかけてロシア国内で爆発的に続出されたとされる迫害、ここではこれをポグロムとしています。(独ソ戦争勃発後1940年代のウクライナ、東欧諸国での大規模なユダヤ人の殺戮、これらは性格が全く異なるのでポグロムとは別にしています)。幾千人の犠牲との話もありますがポグロムの実態、は判然としないのです。爆発的なハザール・ユダヤ人への迫害が続発したのは事実でしょう。

しかし実際の犠牲者数などは資料が見つからないのです。間違いないのは「ポグロム加害者は、ウクライナ農民と町人、それも下層労働者が多く、被害者はユダヤ町人、商人であり、こちらも下層民が多かった。」(「ヘブライの館2」)ことです。つまり弱者と弱者の間で起きた不幸です。その上でポグロムを捉える上で、ある興味深いコメントがあったので参考に載せておきます。

「ある大学の依頼でユダヤ人のポグロムに関する一次資料(ペテルブルク政府と南ロシア地方政府の間の電報通信文)500ページをロシア語原文から訳した者です。ロシア人やウクライナ人は、ユダヤ人を大量虐殺していません。コサックが大虐殺したというのも嘘。まったく逆。コサック人はユダヤ人を守るために戦った。ロシア帝政政府は、ユダヤ人に対する攻撃を防ごうと懸命に努力した。そして、襲撃した当の農民たちも、ユダヤ人を攻撃したくて実行したのではなく、「皇帝から襲撃命令が出た」という嘘を信じて乗せられた。彼らがやったことは、ユダヤ人の家の中に入って家具や寝具などを外に放り投げて壊すだけ。逮捕されると「皇帝から命令があったからだ」と。その嘘を流すために民衆の中に入って酒場などで噂話をする者たちがいた。」

ポグロムと一口に言っても幾つかの種類があったでしょう。ただ、その爆発的発生には民衆の中で「ユダヤ人の排除」を煽動する者たちの存在があったのは間違いないでしょう。そしてその煽動とは自然に発生した以外の意図的な計画策謀の元になされたものがありそうなのです。特に最初期は計画ポグロムがあったよう思えます。なぜか?実は元々皇帝暗殺に引っかかる部分があるからです。

ポグロム発生のきっかけ、アレクサンドル2世暗殺ですが、これは犯人が怒りにまかせ発砲したなどの突発偶発的犯行では決してないのです。「執拗な暗殺」なのです。アレクサンドル2世は1866年以来数回の暗殺の試みが成されていた末での暗殺だったのです。この執拗さ、「ある計画」のための暗殺と見るのが自然なのです。計画者は「皇帝暗殺、その犯人がユダヤ人とされると、民衆間に反ユダヤ感情が劇的に高まる」を計算した上であるグループに幾度も暗殺の命令を行い、その上で別工作員が民衆中に入り込み「ユダヤ人排除」を煽らせた。

この一連の工作行動のアジトになっていたのがオデッサを始めとした旧ハザールの各都市だった。こうだとすると辻褄が合うのです。無論真偽は定かではありません。しかし、ともあれ「かつて静かだった『定住区域』(ユダヤ人制限居住地域)は、相次ぐポグロムの影響で、革命活動の温床となり、地下活動が広がっていった。」(「ヘブライの館2」)のです。ポグロムの後先はともかくオデッサなどが地下活動アジトになっていたのは確かです。そして・・・。

ヘプヘプ・ポグロムでドイツ農婦たちに農具で虐殺されるユダヤ人たち public domain

 

(続きはこちらから)

ポグロムが導いた三つの動き

実態の不明瞭なポグロムですが、その影響は甚大でした。先に載せたコメントの主は更にポグロムの策謀主はタルムード・ユダヤ人と推測したうえで、「目的は、1.ロシアを叩いて革命を起こす理由にする。2.ユダヤ人をロシアから米国とイスラエルに追い出す。それは、米国をユダヤ化するためと、イスラエル建国の下準備をするため、です。」とコメント。このコメントが正鵠を得ているか否かは証拠がないので何とも言い切れませんが、現実に総合的な結果はコメント通りになっています。

資料の1881年前後の各欄と合わせてご覧下さい。「ヘブライの館2」ではコメント主と同様の意味、1881年ロシア皇帝暗殺からポグロムが続発してロシア・ユダヤ社会に三つの動きを生じさせたと指摘します。要約するとすると以下のようになります。

①ユダヤ人の大移住。19世紀の終わり、ほぼ全てが定住区に住んでいた500万人強のハザール・ユダヤ人、それが1881年から1910年までに300万人近くのユダヤ人が他国へと移住。その中約200万人が米国へ、特にその大多数がニューヨークへと移住した。
②革命への積極的参加。ロシアに残ったユダヤ人、とりわけ青年の一部は、迫害を受けるユダヤ人が自由と権利を得るためと革命運動に参加。トロツキー、カーメネフ、ジノヴィエフ、ラデック、さらにメンシェヴィキのマルトフなど、革命指導者のほとんどは、ユダヤ人で革命参加者の中にも多数のユダヤ青年が存在。
③シオニズム運動の開始。一部のユダヤ人は、当時オスマン・トルコ帝国下にあったパレスチナにユダヤ人の国家を樹立することこそ、迫害の唯一の解決と考え、シオニズム運動を展開。

ポグロムの結果が、①ユダヤ人の大移住、②革命への積極的参加と成功、③シオニズム運動の開始と成就となったのです。これは「出来過ぎ」です。ポグロムの発生で偶発的にこれらのことが起きるはずがありません。特に③シオニズム運動の開始は顕著です。

皇帝暗殺の翌年、早くも「1882年にはユダヤの学生組織ビールー派によって「ビールー運動」が開始された。「ビールー」とは「ヤコブの家よ、来れ、行かん」(イザヤ書2章5節)のヘブライ語の頭文字の組み合わせである。ビールー運動は、またたく間にロシアのユダヤ人青年の間に広まった。1884年には秘密警察を避けて、国境を越えたドイツ領内の町カトヴィッツで第1回の全国大会を開いた。その後、十数年間に約1万人のユダヤ青年がパレスチナへ渡り、約40ヶ所の地点に定着した。」(「ヘブライの館2」)のです。

皇帝暗殺ポグロム発生前からの周到な計画と準備なしで到底このような成果は得られません。明らかに計画準備し実行を支援する存在がいたのです。どなたがどのように否定しようとも少なくとも「ポグロムを最大限に利用した存在」がいます。これは確実なのです。

三つの動きの意味と支援者

①ユダヤ人の大移住。これの意味。コメント主は「米国をユダヤ化」としていました。こうとも言えますが、乱暴ですがもっと有り体に表現しましょう。「米国の乗っ取り」です。現実にユダヤ人大量移住後の1913年米国に中央銀行FRBが設立、通貨発行権が握られ経済的乗っ取りが果たされ現在に至っています。

②革命への積極的参加。これの意味。いうまでもありません。革命の成就によって「ロシアの乗っ取り」がなされます。これ以降の数十年、旧ソ連圏のロシア、ウクライナ、ポーランドなどに住むロシア人、ウクライナ人等はハザール・ユダヤ人を含め苛烈な苦難の歴史を深く刻み込まれていくことになるのでした。

③シオニズム運動の開始。これの意味。今回は紙面の都合で「パレスチナでのイスラエル建国はある計画を実現するためにはどうしても欠かすことができないものだった」とだけにしておきます。

上の三つの動き自体が支援者無しに成立しません。②と③の支援者はハッキリとしています。先ず③から。

シオニズム運動の最大の支援者は「ロスチャイルド家」です。「パレスチナ・イスラエル建国の父」がロスチャイルド家なのです。ロスチャイルドなしにイスラエル建国はあり得なかったのです。

ロシア革命、革命の最大支援者はジェイコブ・シフです。彼は日露戦争で日本を融資で財政支援したことで有名です。日本を財政融資でアシストしながらロシア革命を支援していたのです。そしてジェイコブ・シフはロスチャイルド家の代理人の大番頭なのです。

ジェイコブ・ヘンリー・シフ(public domain)

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