1770年3月5日 ボストン虐殺事件 / イギリス軍による植民地アメリカ市民5名の殺害

PLANET ROTHSCHILD」から翻訳して掲載します。


MARCH 5, 1770 THE “BOSTON MASSACRE” / TENSIONS MOUNT AS FIVE AMERICAN COLONISTS ARE KILLED BY BRITISH TROOPS

177035 ボストン虐殺事件 / イギリス軍による植民地アメリカ市民5名の殺害


The increase in British troops stationed in Boston leads to tension with the locals.

ボストンに駐留しているイギリス軍の増加によって、アメリカ住民との間で緊張が発生。

Fights erupt between soldiers and liberty-minded civilians.

兵士と自由を求める一般市民の間で戦闘が勃発した。

British troops are sent to Boston in 1768 to enforce the Townshend Acts, a series of laws passed by the British Parliament.

イギリス議会によって通過した一連の法律、タウンゼント諸法を執行するため、1768年にイギリス軍がボストンに派遣された。

The purpose of the Townshend Acts is to make colonial governors and judges independent of colonial control, to enforce compliance with trade regulations, When an angry crowd of colonists – most likely led by provocateurs of a secret society known as The Sons of Liberty (3) – confronts a group of soldiers with taunts and snowballs, the frightened British soldiers overreact.

タウンゼント諸法の目的とは、植民地支配とは関係なしに、植民地の支配者と裁判官を作ることで、貿易協定の法令順守を徹底させることである。怒った植民地群衆。その多くは自由の息子達(Sons of Liberty)として知られる秘密結社の工作員によって誘導され、嘲笑や雪玉をイギリス兵たちにあびせてきたので、おびえたイギリス兵たちは過度に反応した。

Shots are fired and five American colonists are killed.

銃が発砲され、5人のアメリカの市民が殺害された。

The embellished news of the Boston Massacre serves the purpose of spreading the revolutionary spirit throughout the colonies.

ボストン大虐殺を演出したニュースが、革命的精神を植民地中に広げる目的を果たした。


以上です。

また、以下ボストン虐殺事件の説明。

https://kotobank.jp/word/%E3%83%9C%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3%E8%99%90%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6-133163

より

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177035日,アメリカ,ボストンの街頭で市民とイギリス駐屯軍とが衝突し,投石した市民3名が兵に射殺され2名が瀕死の重傷を負った事件。 67年のタウンゼンド諸法 68年以来市内に駐屯したイギリス軍に対する市民の日頃からの不満が,駐屯軍宿舎前に集った群衆と歩哨の争いに爆発し,救援に駆けつけた兵士の発砲により黒人水夫 C.アタックス3人の殺害事件にまで進展した。 S.アダムズら急進派の駐屯軍撤退の要求により,マサチューセッツ湾植民地副総督 T.ハッチンソンは軍隊を一時港内の島に移動させ騒乱の拡大を防ぐことができた。発砲した兵士8人と隊長 T.プレストンは裁判にかけられたが兵士2人が軽い罪に問われたほか全員無罪となった。同年タウンゼンド諸法の茶条項を除く全面撤廃により,73年のボストン茶会事件まで植民地は一時的な平穏を取戻した。

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タウンゼント諸法の説明。

https://kotobank.jp/word/%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%89%E8%AB%B8%E6%B3%95-92449

より

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タウンゼント諸法

17676月から秋にかけてイギリス議会を通過した4つの法律。フレンチ・アンド・インディアン戦争後のイギリスの対植民地政策に対してアメリカ植民地での抵抗が高まったとき,ピット () 内閣の蔵相 C.タウンゼンドが立案したもの。 (1) 軍隊宿営法を拒否したニューヨーク議会の立法機能の停止を命じる法,(2) 鉛,インキ,紙,ガラス,茶などに輸入税をかけ,その収入の一部を総督その他官吏の給料にあてるタウンゼンド歳入法,(3) アメリカ税関管理局の設置法,(4) 海事裁判所機構の拡充法をさす。これらの法はイギリス重商主義体制の再強化として,植民地人の激しい反感を買い,印紙税法のときと同じような抵抗運動が展開され,その結果 (2) の歳入法は茶条項だけを残して撤回された。

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